開拓団まかない日記Vol.1

みなさんこんにちは。上勝開拓団入社2年目になりました、松本です。

私が開拓団に入社して驚いたこと、まかないがすごい!

最初は、来たばかりだから張りきっているのかなと思っていたのですが、
私が食べることが好きとわかると、むしろどんどん熱のこもった料理に。

そうです、開拓団まかないに命かけてます。

私も社長も食べることが大好き。

自分で言うのもなんですが、開拓団のごはん美味しいんです。

自慢じゃありません、開拓団がどれだけまかないに命かけているかを見てほしいんです。

そしてちょっとでもおいしそうと思ってくれたら、ぜひ今度食べに来てください。

一緒にまかないご飯食べましょう。

 


海鮮焼きそば


本格カオマンガイ


お野菜もりもり


とんかつ定食


ごろっとなすのパスタ


山菜幸せごはん

【グランピング営業再開のお知らせ】

5月14日、徳島県では緊急事態宣言が解除されました。しかし、9都道府県では未だ緊急事態宣言が継続し、県をまたぐ移動は自粛を求められています。
グランピングBase Campは6月から営業再開しますが、当面の間以下の方針での営業となります。ご理解いただけますようお願いいたします。

施設をご利用いただけるのは徳島県在住の方に限らせていただきます。
(チェックインの際、全員分の身分証明書のご提示をお願いします)

・出発前に必ず検温をお願いします。体調に異変がある方はお断りします。

・チェックインなどの接客時、スタッフはマスクをつけて対応します。

・施設の清掃、消毒は徹底しますが、トイレのタオルなどは一時撤去します。
ハンカチなど各自でご用意ください。

・バーベキューのトングなど、不特定多数が触る可能性のあるものに関して、
お客様ご自身が気をつけてください。

今回、県外からのお客様をお断りするのは、弊社としては大変心苦しく申し訳ない思いでいっぱいです。しかし、お客様、弊社スタッフからは絶対に感染者を出さないことが何よりも大切なことだと考えています。感染拡大の状況をみながら、安全だと判断でき次第、徳島県内の限定を解除します。
何卒ご理解いただけますようお願い申し上げます。

なお、予約受付再開は5月21日(木)午前0時より、6月・7月分の受付を開始します。
8月以降の予約については、6月1日(月)午前0時より予約受付を開始します。

また今後も、状況によって予約受付の中止や休業する場合もございます。
重ねてご了承くださいますようお願い申し上げます。

新型コロナ感染症が1日も早く終息し、たくさんのお客様を笑顔でお迎えできることを心より願っています。

株式会社 上勝開拓団
代表取締役 仁木啓介

【グランピングBase Camp しばらく休業します】

新型コロナウィルスの感染拡大防止策として、グランピングBase Campは5月6日(水)まで休業いたします。それ以降の営業に関しては、その時の状況を見て判断しますので、休業期間が延長される場合もあります。

なお、現在は予約を受け付けていません。予約の再開は当ホームページ、上勝開拓団のfacebookで告知します。

楽しみにしていただいていたお客様には大変申し訳ありませんが、感染リスクを少しでも減らし、一日も早い終息を願っての決断です。ご理解、ご協力いただけますようよろしくお願いいたします。

株式会社 上勝開拓団
代表取締役 仁木啓介

【新型コロナウイルス感染症対策について】

Bar IRORIでは、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止の対策といたしまして、状況の改善がみられるまで当面営業を休止します。また5月に予定していましたYAMABIKO MUSIC FESTIVALは中止します。

グランピングBase Campは営業を続けますが、当面の間キャンセル料金を無しにします。体調が悪い、出かけるのが心配など、不安を感じていらっしゃる方は遠慮なくキャンセルを申し出てください。ただし、宿泊当日に連絡なしでキャンセルされた場合は、規定通り宿泊料金の全額をお支払いただきます。

何卒ご理解、ご協力を賜りますようお願い申しあげます。

株式会社 上勝開拓団
代表取締役 仁木啓介

上勝開拓団クロニクル①「移住」

僕が暮らしているのは徳島県上勝町という周囲を山に囲まれた小さな町。
人口はわずか1500人ほど。スーパーもコンビニもない少子高齢化が進む過疎の町です。

神戸で生まれ、大学から東京に出て、卒業後は憧れていたテレビ業界へ。
ディレクターとして二十数年東京で働き、
2012年4月、44歳の時に上勝町に移り住みました。

移住のきっかけはテレビ番組の取材でした。
上勝町はおばあちゃんの葉っぱビジネスと言われる『いろどり』や
ごみゼロを目指した『ゼロ・ウェイスト運動』など、
地域活性化の先進地として知られています。

2009年、僕は会社のプロデューサーから「徳島にごみゼロを目指している町があるから取材して来て」と言われて、初めて上勝町を訪れました。
そしてこの時、僕の人生は大きな転換点を迎えたのでした。

ゼロ・ウェイストの取材が面白かったこともありますが、町で出会う人々が言葉で言い表せないほど魅力的でした。あの時の高揚感は今でも心の奥に残っています。

「また遊びにきいよ」

そんな言葉を真に受けて、休みを作っては上勝を訪れるようになりました。最初は飛行機で来ていたのですが、東京に帰った時のギャップがあまりにも大きく、もう少しのんびり帰るために車で通うようになりました。10時間高速道路を走りながら上勝町のことを思い出し、再び始まる東京での暮らし、テレビの仕事へ気持ちを切り替える。そのくらい東京と上勝町は別世界でした。

上勝町の何がそれほど魅力的だったのか?
テレビというメディアで伝えることを仕事にしてきたのにもかかわらず、
これは簡単に伝えることはできませんでした。東京の知人にもいろいろと話をしましたが、出来事や人の面白さは伝わったとしても、その真髄にある部分は伝わらないのです。

そこで大学からの友達を誘い、二人で上勝町に遊びに来ました。なにが面白いのか、半信半疑だった彼は、上勝町に来て2日後、役場に行って空き家情報を聞き、そのまま上勝町に移住をしてしまいました。

僕が上勝町に移住したのはその3年後です。その翌年、友達は東京に戻りました。
人生って面白いなぁ、とつくづく思います。

僕と友達はそれぞれ上勝町に違った魅力を感じていました。
僕は上勝町の自然やエネルギッシュな人々、小さく濃密なコミュニティに魅力を感じました。
友達は自給自足のような生活をしながら、趣味でアートを制作する仙人のような人の生き方や考え方に惹かれたようです。

なぜ、上勝町に移住したのか?
今までいろんな人から何度も聞かれた質問です。
僕はこれまで「上勝町の人々が魅力的だったから」と答えてきました。
もちろん嘘ではありません。
でも、それだけでは移住はしなかったと思います。

僕が東京での仕事や暮らしを捨てて上勝町に来た本当の理由。
それは「僕が人生に何を求めているのか」
ってことなんじゃないかと思います。

僕が求めていたものが上勝町で感じられたからこそ、
あれほどの高揚感があったんだと思います。

「僕が求めていたもの」

自分でもそれが何かよくわかっていなかったんですが、
上勝町で8年暮らし、ようやくはっきりしてきました。

『自由』

それは高校生の頃から、僕がずっと求めていたものでした。
僕の求めていた『自由』が上勝町にあったのです。

…つづく